夕立

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「ああ・・・、最悪だ・・・」
 図書館から出ると、あたり一面が水たまりなっていた。外の喧騒が聞こえてこないような造りの図書館だからか、全く気が付かなかった。窓の外を見ることもなかったし・・・。
 雨にうたれるのも、本が濡れてしまうのも嫌だ。第一、下ろしたての靴なのにこんなに早く汚してしまいたくはない。ある程度図書館で雨宿りをしてから帰るか・・・。

 止まねえ。帰りてえ。降り止まないどころか、さっきよりも強くなっている。いい加減待つことにも疲れてきた。・・・って、道が川のようになっている。これじゃあ確実に俺の足首までつかるだろう。出入り口で呆然としている俺の横を、傘をさした人々が悠々と帰っていく・・・。天気予報をきちんと見てくるのだった。
 ・・・嫌になる。雨の匂いも、この音も、雨の日は何もかも嫌いだ。そして俺の大嫌いなアレが・・・。良いことなど一つも無しだ。
「もうこんな時間か・・・。あと30分で〝今日のわんわん〟が始まるな。・・・はあ」
 外、もう水たまりとも呼べねぇよ・・・。でも仕方がない、行くか。
「初一ーっ!!」
 うっとおしい雨を追い払うような、さらにうっとおしい声が聞こえてきた。車の走る音さえ聞こえないような土砂降りだというのに、あの人の声は本当によく通る。
「兄さ・・・わー、知らない人が寄ってきたー。逃げるぞー」
 館内に身を隠す前に兄さん・・・いや、変人に腕をつかまれた。
「こら初一、何故逃げる」
「誰ですか貴方は。どの星からやってきたのですか」
 青い雨がっぱに青いゴム長ぐつ。飾り気のない小学生のような格好の2X歳が寄ってきたら貴方はどうするだろうか。俺は知らないふりをする。というかもとより赤の他人である。俺のような至極真っ当な人間である生き物が、あのような存在と血縁関係であるはずがない。
「何を言っている。私はお前の敬愛する兄さんではないかっ」
「俺の敬愛した兄さんは遠い昔に消失しました」
 兄さんに擬態した兄さんもどきは何やらわめいてビニールの袋を差し出してきた。
「何ですか? ・・・あんたは俺に何を求めているんですか」
 袋の中には目の前に立っている変人と色違いの雨がっぱとゴム長ぐつ。黄色。殺せ。もういっそ俺を殺せ。
「ほら、早くしろ。あと20分足らずで今日のわんわんが始まるのだろう」
「20歳の俺に・・・、20歳の俺が・・・・・・!」
・・・旅の恥はかき捨て、旅の恥はかき捨てろ、旅の恥よかき消えろっ!
「良いでしょう。帰りましょう。俺の人生なんてどうせ地獄めぐりの旅みたいなものですから。兄さんと兄弟だという時点で恥の塊ですから。はははははは」
 土砂降りの街を、青と黄の雨がっぱに身を包んだ子供には見えない大きなシルエットが駆けていった。

「・・・・・・今日のわんわんが・・・。大雨による停電で見られない」
「はは、初一は運がないなあ」




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