優しい手


「はあ・・・・・・」
 ふぅ・・・、お風呂に入ると、気持ちもさっぱりする気がする。肩までしっかり浸かって、広い湯船に足を伸ばした。・・・・・・口にお湯が入る。
 さすがに曇るから眼鏡も外してそばに置いてあるけど、やっぱりなんだか落ち着かないなあ。よく見えないから窓とかが怖い・・・。何か怖いものがこっちを覗いててもわかんないよな、これだと。
「・・・・・・何考えてるんだ、僕」
 だめだ、考えちゃいけない。まだ頭も洗ってないんだぞ。怖いものなんていない、大丈夫大丈夫・・・・・・。
 頭を振って変な想像を追い払っていると、脱衣所の方からドアを開ける音がした。思わず身体を縮めて口までお湯に隠す。・・・隠すって言ってもお湯だから丸見えか。ってそうじゃなくて、誰か脱衣所にいる・・・・・・?
「・・・・・・・・・」
 声はしないけどあきらかにがさがさ音がする。曇りガラス越しに人影が動いてるからやっぱり誰かいるんだろう。誰だろう・・・洗濯物でも洗いに来たのかな? 僕のバスタオルとかもちゃんと置いてあるから僕が入ってるのはわかるだろうし。・・・・・・女の人じゃないよね? 僕、鍵閉めてないんだけど・・・。
「さーて、っと」
「うわあああっ!!」
 息をひそめて見つめていると、いきなりドアが開いた。思わずお湯の中で後退ろうとしてすべってしまう。
「むがっ、ごぼぼっ」
「あれ? あっ、大丈夫っ?」
 軽いパニック状態に陥ってしまった僕は浅い浴槽の底に足をつけることができず、仰向けになって顔まで湯船につけてもがいた。慌てて思いきり息を吸い込んで盛大にお湯を飲んでしまう。はな、鼻が痛い・・・・・・!
「ごぼ・・・・・・ぷはっ!! げほっ、ごほっ!」
 必死に何かに掴まろうと両腕を振り回していると、誰かが引き上げてくれた。つんとする鼻をおさえて見上げると、やけに肌色の多い人影が立っている。
「あ、す、すみません・・・げほっ」
「大丈夫かい?」
 石床に手をついてひとまず呼吸を落ち着ける。はあ・・・頭がくらくらする・・・。それにこの声・・・・・・。
「那須、さん・・・?」
「え? うん、そうだよ」
 手さぐりでその辺に置いておいたすっかり曇っている眼鏡をとり、指で適当にふいてかける。ちょっと見にくいけど、だんだんはっきりしてくるシルエットは、全裸の那須さんだった。
「え!? はだかっ!?」
「あ、なんだ、和くんかあ。誰かと思った」
「えっ、な、那須さん、なんで裸なんですか!?」
 あっ! よく見たら僕も裸っ!? なんで・・・・・・!?
「なんでって、風呂だもん。裸だよね、普通」
 あ、そうか・・・。そういえばここお風呂だ・・・。って、
「そうじゃなくてっ、那須さん、どうしてここに?」
「どうしてって、風呂に入りにきたんだけど」
 あ、そうか・・・。そういえばそうだよね・・・。だから違うって!
「そうかあ、和くんが入ってたんならぼくは入っちゃいけなかったのか」
 今!? 今気付いたのっ!? な、那須さん・・・すごすぎる。
「じゃあぼく戻るね」
「あのっ、僕もう上がりますんで・・・」
 僕がゆっくりしてたからいけないんだよね。・・・って頭もまだ洗ってなかった。
「え? いいの?」
「・・・すみません、やっぱりまだ頭洗ってなかったです。あ、でもどうぞ」
 あれ? 結局僕はどうしたいんだよ。このまま那須さんに戻ってもらうのも悪いし、僕が一度上がってまた入りに来るのもなんか怖いし・・・・・・。
「うん、わかった」
 そう言うと那須さんは膝をついて身体にお湯をかけ始めた。・・・・・・え?
「ここの風呂広いから二人でも余裕で入れるね」
「一緒に入るんですか!?」
「え? そうじゃないの?」
「や、やっぱり僕上がりますね」
「いいよ。一緒に入りなよ。どうせいつも日織くんと一緒に入ってるんだろ?」
「入ってませんよ!? どうしてそうなるんですかっ!?」
 あれ、一緒に入ってると思ってた、なんて言いながら那須さんは湯船に浸かった。なんで僕と日織が一緒に入ってると思ったんだ・・・・・・。
 でも、ここで上がっちゃうのも那須さんに悪いかな・・・・・・。うう、どっちがいいんだろう・・・。
「いやー、やっぱり汗かいた後に風呂に入ると気持ちいいよね」
 那須さんはお風呂上りにも汗かいてなかったっけ・・・。うーん、那須さん、何だか楽しそうに話しかけてくれるなあ。ここは大人しく一緒に入ろうかな。・・・那須さんが一緒なら怖くないし。頭洗っちゃおう。
 眼鏡を外して頭を洗う。浴槽の中で那須さんが動いている音がするので安心して目を瞑れるし、案外こういうのもいいかもなあ。
 耳を澄ませて黙々と頭を洗っていると、お湯から上がる音がした。那須さんが僕の後ろ辺りに座ったようだ。ずれたほうがいいかな・・・と思ってごそごそしていると、いきなり背中に何かがあたった。
「わあっ!」
「あ、ごめん。びっくりした?」
 驚いて振り向くと、泡のついたタオルを持った那須さんが座っていた。今僕の背中にあたったのはそのタオルなのかな。でも・・・何でだろう。
「背中流してあげるよ」
「えっ? い、いいですよっ! 悪いですっ」
 うっ・・・、目を開けたからシャンプーが目にしみてきた・・・。慌ててタオルで拭っていると、那須さんはさっさと僕の背中を流し始めてしまった。
「すみません・・・・・・。後で僕も流しますね」
「本当かい? 嬉しいなあ、何だか修学旅行みたいだね」
 こんな怖い修学旅行は嫌だ・・・・・・。
 ありがたく背中を流してもらうことにすると、那須さんは思ったより優しく洗ってくれて気持ちがいい。
「和くん、やっぱり細いなあ」
 いきなり腕や背中を触られるとびっくりする。それにくすぐったい。
「ちゃんとごはん食べてる?」
「は、はい。いや、那須さんこそ何食べたらそんなに立派になるんですか・・・・・・」
「普通のごはんだけど・・・。あ、後でプロテインとかあげようか?」
「いいですっ!」
 そんな他愛のない話しをしながら、那須さんは僕の背中を洗い終わったようだ。場所を交代して今度は僕が那須さんの背中を流す。改めて見ると本当にがっしりした逞しい背中だ。
 えーと、どのくらいの力加減で洗ったらいいのかな。さっき洗ってもらったくらいでいいか。
「あっはっはっはっ!!」
 いきなり那須さんが笑い出した。
「な、何ですかっ?」
「あはは、ごめんごめん。すっごいくすぐったくて」
 くすぐったかったのか・・・・・・。じゃあもっと力を入れたほうがいいよね。
 と思ったのだけど、どんなに力を入れても那須さんは大笑いして逃げようとしてしまう。最後には力を入れようと肩を掴んでいた手までくすぐったがり出して、結局自分で洗ってしまっていた。
「すみません・・・・・・」
 ・・・僕そんなに力弱いかなあ。落ち込みそう・・・・・・。
「いいよいいよ、和くん細いし」
しっかり落ち込んだ・・・・・・。
「あ、そうだ」
 並んで湯船に浸かっていると、那須さんが楽しそうに笑って僕のほうを見た。・・・あれ、なんで普通に浴槽にまで一緒に入ってるんだろう・・・・・・。
「どっちが長く入っていられるか我慢比べしない?」
「え? あ、お風呂にですか?」
「うん」
 なんか、いよいよ本当に修学旅行みたいだなあ。でも、那須さん楽しそうだしそれなら僕でも勝負になりそうだし、やってみようかな。
「わかりました。やりましょう」



「ん・・・・・・・・・」
 なんだろ・・・・・・頭がくらくらする・・・・・・。頭が冷たいし・・・僕いつの間に仰向けに寝てるんだ・・・?
「あ! 和くん、気がついたっ?」
 あれ・・・・・・那須さん? あ・・・そっか、僕確か、那須さんと一緒にお風呂に入って、それで・・・・・・。
 そ、そうだ・・・・・・我慢比べをしてて・・・・・・。
「よかった・・・。ごめんね、我慢比べしようなんて変なこと言って」
 あ・・・・・・そうか。僕、我慢しすぎてのぼせちゃったんだ・・・・・・。
「す、すみません、僕こそ・・・」
 起き上がろうとすると額にのせられていた冷たいタオルがずり落ちた。那須さんがのせてくれたんだろうか。
「無理しないで、休んでて大丈夫だから」
 僕をベッドに戻しながらタオルをのせ直してくれる。ちょっとまだ身体がだるいかな・・・。
 ん、あれ。ここ、僕の部屋じゃないや・・・・・・。
「ここ・・・・・・?」
「え? ああ、ここはぼくの部屋だよ。和くんたちの部屋だと日織くんが心配しちゃうから、ぼくが看るってこっちに運んできたんだ」
 あ、本当だ。よく見たらすごいマシンとかがある・・・・・・。
「すみません。でももう大丈夫ですから・・・」
「だめだよ、病み上がりが一番気をつけなきゃいけない時なんだから」
 病気とは違うと思うけど・・・。
「それに日織くんももう休んでると思うし」
 そっか、日織もいるんだもんな。・・・寝ちゃってたら悪いけど、このまま那須さんのベッド占拠しちゃうのもまずいよなあ。
「気にしなくていいから。今はゆっくり休んで」
 僕の考えていることがわかったのか、那須さんは安心させるように笑って僕の頭を撫でてくれた。なんだか那須さんが頼もしく見える・・・。
「でも、和くんがいきなり沈み始めたときは驚いたなあ」
 あ、はは・・・・・・。身体が真っ赤になってたところまでは覚えてるけど・・・。
「我慢しすぎて気絶してたら勝負も何もないですよね・・・」
「ううん、和くんはがんばり屋さんだね。今回は和くんの勝ち」
 また、優しい手で髪を撫でてくれる。やけにほっとして、お言葉に甘えて目を閉じた。
「今度は止めてくれる審判付きでやろうね」
 ・・・・・・不穏な発言が聞こえたような気もするけど、たぶん気のせいだよね。
「・・・・・・おやすみ」



「・・・お、和。おはよーさん、って言ってももう朝でもないか」
「んー・・・おはよう」
「もう大丈夫なのか?」
「うん。よく寝たから・・・」
「いやー、昨日はびっくりしたぜ。なんか風呂場から筋肉の馬鹿笑いが聞こえて正直怖かったんだが、お前も一緒に入ってたんだな」
「う、うん」
「しかもいきなり真っ裸で同じく裸の和担いで居間に駆け込んできたから何かと思った」
「えっ、ぼ、僕裸だったの!?」
「ああ。二人ともタオルすら巻いてなかったぞ。双子の姉も一緒だったんだが固まってた。日織はコーヒー噴いてたし」
「えええっ!? し、静奈ちゃんもいたのっ!? うう・・・・・・」
「ま、ダメージもそんなになさそうだったし大丈夫だろ。しばらくはからかわれると思うが」
「あう・・・・・・あ、で、でもさっき起きたら服着てたし、いつの間にか自分の部屋で寝てたよ」
「あ、それ朝日織がシーツにくるんだお前抱えて部屋に戻るとこ見た」
「・・・・・・・・・・・・そうなんだ」





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