不幸の転校生




 高校初めての夏休み、父が仕事で外国に転勤することになった。俺も一緒に来いという申し出があったが、突然すぎて外国で生活していく自信がなかったので迷った末に断った。苦労して入った高校でしっかり勉強したかったし、ここには母もいる。だから父が遠くへ行っても大丈夫だ、と思った。
 

 そして母は、父と共に外国へと旅立っていった。いつの間にか俺は公的手続きを経て、実質半年も通っていない高校から日本が山奥、生徒の大半が外国人の全寮制ミッションスクール、聖イルマン学院に転校していた。さあ、夏休みが終わる。そして俺の新しい高校生活の始まりだ。







 ―――なんでだよっ!!






 電車に揺られて数時間、尻が痛くなった。
 それからバスに揺られてまた数時間、さらに尻が痛くなった。
 未開の森? みたいな山の麓に一人立ち、頂上に想いを馳せた。
 もういい、がんばった。もうこの尻の痛みに耐えたくない。

 ・・・・・・入水ならぬ入森しよう。

 さようなら、遠い空の下の俺の両親。
 父さん、仕事がんばって。でも許さん。
 母さん、とにかく許さん。なんで俺は栄光の進学校若葉高校から聖イルマンだかイモマンだか学院に転校しているんだ。なんで普通に父さんにくっついて外国へ行ったんだ。なんでクレジットカード一枚よこして、
『あんた外国語学科だからダイジョーブ、モンダイナーイ』
というエセ片言と共に俺を日本へ残したんだ。

 
・・・・・・何が大丈夫なんだよっ!! 

 母さん的にどの辺りまで大丈夫な範囲なんだっ!? 確かに俺は外国語学科だったが本格的な授業が始まる前にニクマン学院に転校だよ! 外国人の中での生活が不安でついていかなかったのにどうして外国人ばっかりの学校なんだよおおおおおっ!!
「神様ぁっ! 俺もうどうしたらいいんですかあっ!」
 家に帰っても俺の荷物は全部学院に送られてるし! 若葉高校へはもう通えないし!
 入森かっ!? もうそれしかないのかっ!? この目の前に広がる木々の迷路にダイブするしかないのかああああっ!!
「うををををレッツダイブ!!」
 自分がかつて外国語学科であったプライドも忘れ、叫び、樹海へと足を踏み入れた。

「ちょっと! お兄ちゃんっ!」

 ・・・・・・幻聴、か? 人気の無い辺りに、俺以外の人の声が響いた。恐る恐る振り返れば、そこには。
「カミ・・・・・・サマ・・・・・・?」
 太陽を背に光輝く、馬のようなものに跨った雄々しい姿。そう、それはまごうことなく、


 ヘルメットの眩しい郵便屋さんだった。



「へえぇ。お兄ちゃん、イルマンに転入するんだ」
 郵便屋さんのバイクの配達物の入った箱の上に跨り、ひんやりとした風を全身に受ける。俺は郵便屋さんの首に掴まりながら曖昧に笑った。
 この郵便屋さんは、週に一回例の学校に郵便物を届けているらしい。それがちょうど今日だったらしく、初めてで道のわからない俺を親切にも後ろに乗せてくれたというわけだ。嬉しすぎて目が曇ってきた。
 だいたい、今走っている場所だって道とは呼べないぞ。熟達した者だけが通ることを許されたいわば神の道だ。・・・・・・この郵便屋さんが拾ってくれなければ当初の予定通りになっていただろう。ふふ・・・・・・ふふははは。
 神様・・・・・・これが俺への試練なんですね・・・・・・。運命なんですね、もう。
 わかりましたよ・・・・・・。この御使いの郵便屋さんの優しさに免じてがんばりますよ・・・・・・、カードで芋ようかん取り寄せまくりますよ・・・・・・。もう誰も許さねえ・・・・・・。



 しかし・・・・・・、


 尻がかなり痛え・・・・・・・・・


 割れたんじゃねえか・・・・・・? これ・・・・・・
―――



 尻が三つか四つに分散し始めた頃、木々の間からその異様な光景が垣間見えてきた。
「あれ・・・・・・なんですか・・・・・・? しかし尻が・・・・・・」
「あれがイルマン学院だよ。今日から君の学び舎兼家になるんだね」
 徐々に近づくそれから目が離せなくなる。郵便屋さんが、無言でスピードを上げた。

 緑のカーテンがひらけ、ようやくそれが全体像を現した。

 ・・・・・・ここは確か、日本だったはずだ。降りた駅もバス停も、ばりばりの日本の地名だった。
 なのに、この山の中だけ。

「別世界・・・・・・」

 呆然と、言葉が漏れる。郵便屋さんが笑った気がした。
 バイクのエンジンが止まり、辺りが途端に静かになる。地面に降り立ち、だんだんと静けさに慣れる耳には、鳥の声と木々のざわめきが飛び込んでくる。

 
――目の前には、白く大きな、それこそお城みたいなゴシック様式の西洋建築。尖塔の屋根には大きな十字架、正面玄関らしき場所には壁一面のステンドグラス。どちらも真っ赤な夕日を受けて、きらきらと光っていた。

「本当、いつ見ても綺麗だよね。ここ」
 傍らの郵便屋さんの声に、素直に頷くので精一杯だった。
 完璧に圧倒されてしまっている。ごくりと咽が鳴った。
 それほどまでに、この光景は美しかった。
「あ、おーい! お届けものだよーっ!」
 突然の大きな声に驚いて、意識が一気に現実に戻ってくる。やばい、今一瞬おとぎの国にトんでた・・・・・・。
 郵便屋さんが手を振るほうへ視線を移すと、長身の男性が立っていた。ずっとこちらを見ていたようで、それを合図のように歩み寄ってくる。
「こんにちは」
 
が、がががががが外国人だっ・・・・・・!! 金髪だ! 碧眼だああっ、どどどうしようっ!!
「あ、あう、こ、こんっ、こんっ」
「コンコン?」
 
復唱されちゃったよ! めちゃくちゃ不思議そうな顔されてる! ああああっ、出て来いっ、俺の外国語学科時代!!
「My hipsがっ」
「お兄ちゃんお兄ちゃん、この人日本語ぺらぺらだから大丈夫だよ」
「とてもsore・・・・・・! え?」
 郵便屋さんを振り返ると、呆れたように笑っていた。
 もう一度前に向き直ると、外国人の男性が笑っている。
「お尻が痛いの?」
 
・・・・・・うわ! 恥ずかしっ!! 俺どこの変態!?
「あわわわわわ・・・・・・」
「まあ最初誰だってそうだよねぇ。かく言うおじさんも・・・・・・」
 あまりの恥ずかしさに郵便屋さんに助けてもらおうと後ろを向くと、尻に何か当たった。
「え?」
「お尻痛いのかわいそうだね」
 ・・・・・・え? 
ええっ!?
「おいおいシャルルくん、その癖まずいってば。このお兄ちゃん固まっちゃってるよ」
「いたいのいたいのとんでけー」
 
ちょ、ちょちょちょちょちょなんで尻触ってんの!? スキンシップという名のセクハラ!? 母の優しさ的な面も持ち合わせたなんかこう・・・・・・セクハラッ!!?
「痛いのなくなったかい?」
「い、痛くありませんもう! はい! すみませんご迷惑をおかけして! 尻がいけないんです俺の尻が! はい! ありがとうございます! 恐縮です!!」
 日本語すらまともに話せなくなってきた! でもいきなり尻撫でられたら日本語の知識もとぶよ! 遠い彼方だよ!
「はい、じゃあこれ、転校生くんと郵便物ね。みんなにもよろしく」
 郵便屋さんはおさわり外国人男性に大きな袋を渡すと、颯爽とバイクに跨った。
「ええっ、い、行っちゃうんですかっ」
「なかなかおもしろいけどおじさんもまだ仕事の途中でねえ。そこのシャルルくんも悪い子じゃないから大丈夫だよ、うん、たぶん。がんばってね、お兄ちゃん。おじさんまた来週来るから!」
 伸ばした手もむなしく、郵便屋さんは砂煙の向こうへと消えていった・・・・・・。
「・・・・・・・・・」
 こ、こわーい。後ろ振り向くのこわーい。でもこのまま尻を向けているのもこわーい。
「アマモトトウイチくん」
「えっ?」
 いきなり名前を呼ばれた。恐る恐る振り返れば、セクハラ外国人男性が意味深に笑っている。
「ようこそ、私は生徒会長のシャルル・セラ。私たち聖イルマン学院は貴方を歓迎するよ」






「退学します」
「だめだよ」
「・・・・・・・・・」





「ふむ、君が転校生のアマモトくんか。お話しはご両親から聞いているよ、突然の転校大変であったね」
「は、はい・・・・・・」
 一体どんな説明を聞いているんだろうか・・・・・・。
 俺は、シャルル・・・生徒会長に連れられて学長室へやってきた。会長はどこかへ行ってしまい、今はこのやたらと豪華な学長室の中に俺とこれまた外国人の学長先生だけだ。あの独特の雰囲気の会長と二人きりも息苦しいけど、大人とってのもなかなか・・・・・・。
「でももう心配はいらないよ。君はもう私たちの家族だからね」
「はあ」
「アマモトくんはこの学校の名前の由来になったイルマンの意味がわかるかね?」
 え・・・・・・やば、普通にわからん・・・・・・。というか実は俺も家もクリスチャンじゃない。家には仏壇と神棚はあるけど十字架はなかった。寺にも神社にもお参りに行くけど教会には行ったことがないんだこれが・・・・・・!
 しかしこの事実がばれたら異教徒め! とか言われて殴られたりは・・・・・・!!
「ああ、困らせてしまったのならすまないね。大丈夫、君のお父さんは私の友人だから君がクリスチャンじゃないのは知っているよ」
「あ・・・・・・そうですか」
 それなら安心・・・・・・って、
「もしかして、俺がここに転入したのって・・・・・・」
「お父さんに頼まれたんだよ。息子が日本に残るので寮に入れたいんだが、空いてないかって」
 
おっさーん!! そんな軽いノリでこの学校選んだんかい!! 裏切り者は母さんだけじゃなかった! 父さん、あんたもかああああっ!! 許さんぞうっ!!
「あう、でも、すみません。うちの勝手な事情で俺みたいな部外者が」
「そんなことはないよ!!」
「えっ?」
 ど、どうしたんだ学長先生、突然大きな声出したりして・・・・・・。
「私はね、日本が大好きなんだよ! そして日本人を愛している!! この学院は私が堂々と日本に移住して生活するために作ったんだ実はまたこれが! ミッションスクールとは仮の姿、愛する日本と交流を深めるための夢の舞台なのだよここは!! 生徒達も同様! 我ら聖イルマン学院は日本大好き集団なのだっ!! だからやけに外国人の数が多くなってしまってね、日本人があまり入学してくれないのだよ嘆かわしい! そして悲しい!! 寂しい!! だから日本人の君が転入してきてくれたことはまさに神の思し召し! 運命!! 主よ感謝します! そうイルマンとは兄弟の意! 我らはもう神の血で繋がった兄弟なのだよおっ!! お・と・う・と・よおおおおおっ!!!」



 そう、か。父さんと学長先生が友達同士なの、ちょっとわかった。
 そう、だよね。普段からちゃんと信仰心を持っている人と俺みたいな典型的日本人の無宗教者だったら、神様も贔屓したくなっちゃうよね? 
 え? 神様は贔屓なんてしない? うん、そうか。そうだよね・・・・・・。




 
じゃあなんで俺には微笑んでくれないんだよ神様あああっ!!!








 こうして俺の、過酷過ぎる新生活が始まった・・・・・・。








Good luck.Thank you!