たび


「旅に出るぞ、初一!」
「・・・・・・はい?」
「人生とは旅だ。だが実際の旅なしでどう人生を語るっ。ということで、旅だ! 準備をしろっ。いつかの遠足みたいに兄さんが準備なんてしてやらないからなっ!」
「いつも準備してやっているのは俺でしょうが! こっちこそ準備なんてしてあげませんよっ」
 ・・・うまく、はめられた気がする。

「いやー、旅はいい!」
「確かに、風景は綺麗ですね・・・。空気もおいしいし。これで兄さんの運転じゃなければ本当に最高ですよ」
 本当は隣にいるのが兄さんでなければ、もっと良いのだけれども。それを言うと多分、というか確実に泣き喚くので言わないでおこう。
「ところで兄さん、宿はとってあるんですか? さっきから人里から離れて走っているような気がするのですが・・・。もうあたり一面緑ですよ。俺たちが今走っているこの場所は道なんですかね」
「あたりまえだろう! 美しい風景に民家は不要。人気の無い方へ無い方へ走っているからな、私は」
「民家だって風情のあるものですよ・・・ってどころじゃねーっ! 早く戻ってください!」
「何故だ」
「何故も何も、今夜どうやって夜露をしのぐつもりなんですかっ?」
「男の子はなあ、アウトドア大好き! くらいがいいんだ!」
 どこに男の子がいるんだ! 俺はインドアが大好きだーっ! ・・・はあ。血管がちぎれとびそうだ。
「兄さんの無計画さには脱帽です」
 その前に脱毛しそうだ。ストレスで禿げる。・・・今は決して禿げてなどいない。いないからな!
「無計画とは何だ。私だってきちんと考えているんだぞ」
「へえ、そうなんですか。初めて知りました。それなら、寝袋くらい持ってますよね?」
「・・・バター飴しか持ってません」
「へえー、考えてるんですかー。その結果がバター飴ですかー。どんな構造してるんですか、あんたの頭はっ!」
「まあ、落ち着け初一。実はバター飴以外にも持ってきているものがあるんだ。・・・ほら」
と言って兄さんが指し示したのは釣具だ。・・・こんなもの、積んであったのか。今まで気が付かなかった。
「・・・まさか」
「これで晩ご飯を釣るぞ!」
 あー・・・。やっぱりですか・・・・・・。
「・・・絶対に、晩ご飯を釣ってくださいよ、兄さん」
「まかせろ! ・・・おおっ、さっそく川だ! 日も暮れてきたし、今日はこの辺りで野宿だっ」
「はい、虫除けスプレーです。降りる前にきちんとしていってくださいよ。・・・といっても、いつも蚊に刺されるのは何故か俺だけですがね」
 兄さんと二人で念入りに虫対策をして、河原に出た。水が澄んでいて、けっこう良いかもしれない。
「ほら、初一。これを使え」
「あ、ありがとうございます・・・・・・。本当に釣れるんでしょうか・・・?」
 ―それから数十分。
 ・・・釣れねえ、全然。本当にこんな調子で一夜が越せるのか? ・・・越せないほうに一票。いや、でも・・・。ここは、兄さんを信じてみるか・・・。
「初一、大物だーっ!」
「えっ? ほ、本当ですかっ!」
 兄さんを信じてよかった・・・・・・。やっぱり兄さんは、俺の頼れる兄さんなんだな。
「すごいぞっ! この地球上にこれより大きいものは無いっ」
「すごいじゃないですか!」
「だって、私が釣ったのは地球だからなっ!」
「うわあ! すごーい! って根がかりじゃねえかっ! まじめにやってください!」
 ・・・結局、その日の夕食は釣れたのか否か。それはご想像にお任せしましょう・・・。
 ああ・・・、お腹すいた・・・・・・。 
 




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