「はつかずーっ、はーつかーずーっ!」
兄さんの馬鹿でかい声で、俺の優雅な午後のうたた寝タイムが霧散した。夢と現との微妙な落ち着ける時間が・・・。そんな時間は俺には無縁か。そうか。
「はーつーかーずーやーいっ!!」
「はいはいっ、聞こえてますから、犬みたいに呼ばないでくださいっ」
ベランダに立って俺を呼ぶ兄さんは、しきりに何かを指差している。・・・こんなところで騒いでいたら、ご町内中に聞こえる・・・、というより聞こえていただろう。恥ずかしすぎていっそすがすがしい。わけもない。穴に収まって貝になりたい。
「・・・何ですか。・・・あ」
兄さんが指し示す先には、透明で、虹色に光る・・・。
「しゃぼん玉ですか」
懐かしい。しゃぼん玉なんて何年ぶりに見ただろうか。ゆっくりとのぼっていくそれを眺めていると、しばらくして水の粒をとばしながらなくなってしまった。
「また、懐かしいことをしていますね」
「初一もやるといい! ほら」
兄さんの持っていた道具を受け取って、しゃぼん玉の液をかきまわしてみた。小さい泡の浮かんだそれは、なかなか綺麗だ。
ゆっくりと息を吹き込むと大きいしゃぼん玉が一つできたが、すぐに消えてしまった。
「ああ、おしいな」
・・・そういえば、子供をしゃぼん玉に例えた歌があったな。隣で呟く兄さんを見て、ふとそう思った。こんなふうに消えてしまうほど、儚いものなのか。
・・・こんなふうに少しつつけばすぐに消えるような存在だったら、どれだけ静かな暮らしがおくれることか。・・・兄さんがいる時点で無理か。
もう一度吹くと、同じくらいの大きさのものが二つできた。それは、近付いたり離れたりしながら、ゆらゆらとのぼっていく。
「・・・あれ、なんだか俺と兄さんみたいですね」
しまった。変なことを言ってしまったな・・・。早く俺のほうが割れないものか。・・・どちらが俺か、なんて決まっていないが。
「とう」
「あっ」
隣りにいた兄さんが、物干し竿をのばして二つのしゃぼん玉を同時に叩き割った。
「・・・・・・・・・」
なんだ・・・。どうすればいいんだ。
「・・・俺、兄さんに殺されるんですかね?」
言葉が見つからないので無駄口をたたくしかない。
「そ、そういうわけでは・・・うぐ」
何か言おうとする兄さんの口にしゃぼん玉のストローを突っ込んで、ベランダの手すりに寄りかかった。
「わかってますよ」
そのまま、ずっとしゃぼん玉で遊んで過ごした。俺もまだまだ・・・・・・しゃぼん玉だなあ。
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