せいしゅん

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「恋せよ少年! 少年、青春を謳歌しているかねっ」
 聞きなれたよく通る声に、心底うんざりした。
「おーよー、あたりきしゃりきですー」
「やる気ないな、初一。兄さんの目を見ろ。よく見ろ。早く見ろっ。・・・やはりな。お前の目は死んでいる。すなわち、青春を謳歌していないのだっ!」
 もう本当にいいよ。毎日毎日わけのわからないことを言われるこっちの身にもなってほしい。電波な兄さんを持つとつらいな、やっぱり。
「そういう兄さんは、青春を謳歌しているのですか」
「当然だーっ。私を誰だと思っている。この遠近千里、青春の権化といっても過言ではない!」
「二十半ばでよくもまあ・・・」
「青春に年齢は関係ないのだよ、初一。・・・ということで、これから河原に行くぞっ!」
「えっ? あ、ちょっと! これから〝今日のわんわん〟が・・・・・・! あー! もうっ、一人で出かけないでください!」 
青春の一ページには、河原がつきもの。そんな兄さんの安直な考えにより、俺は河原へ強制連行された。

「千里アンド初一イン河原!」
「訳のわからないことを口走るのはやめてもらえますかね。俺はすごく恥ずかしいのですが」
「その恥じらいはまさしく青春の証! 初一・・・、大人になったな・・・」
 成年男子に言う台詞ではないと思う。ああ、ご近所さんが他人のふりをして去っていく・・・。犬に吠えられる・・・。俺も兄さんと他人になりたい。そもそも、俺とこの人が血縁関係にあるだなんて嘘だ。夢だ。偽りだ。自分で言うのもなんだが、俺は普通の人間だ。至極まっとうな生き方をしている・・・つもりだった。兄さんのせいで台無しだけれどね。ははははは。
 この川・・・、どのくらい深いのだろうか・・・・・・。ふふ、ふふふ。嫌だな、そんなことしませんよ。たとえ勝手に体が動いて兄さんを突き落とそうとしても、俺のこの理性で止めますから。理性で。・・・残り少ない理性で。
「さあ! 共にあの夕日まで走るぞ! 青春の一ページを今ここに刻むのだっ」
「兄さん一人で行ってください。・・・何ですかその顔は。いい歳した男性が頬を膨らませたって、何にも可愛くなんてありませんからね。・・・ほら、バター飴あげますから」
 ポケットから取り出して握らせると、『バター飴は青春の味―っ』との叫び声をあげながら河原沿いの道を走っていった。地平線も見えないこんな場所で、どうやって夕日に辿り着くつもりだろうか。そもそも、太陽はこの地球上にあるものではないと知っているのだろうか。
 ・・・不安になってきた。


「にいさーんっ、晩御飯までには帰って来て下さいよーっ」
 夕日に向かって走る背中に呼びかける。
「今だ初一、夕日に向かって叫ぶのだ! 思いのたけをぶつけろっ」
 振り返って後ろ走りを始めた兄さんは、思い切り転んだ。しばらく見ていたが、動き出す気配はなかった。
「・・・・・・バカヤローッ」
 ああ、青春な感じ。
 さて、今日の夕ご飯は何にしようかな。かえるが鳴くからかーえろっ、と。

 ―青春。若く楽しい時代。
 はたして、俺の人生に青春と呼べる瞬間があったであろうか。無かった。断言できます。どこかの誰かさんのおかげでね。これからもこない自信もあります。
 なるほどなあ・・・。兄さんの頭の中は、いつまでたっても子供の頃のままに若々しく、楽しさに満ち溢れている。・・・まるで俺の精気を吸い取っているかのように。 




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