「和さん、腹減ってます?」
書斎で高遠作品に目を通していると、本を読んでいたのか寝ていたのかわからないくらい静かだった日織が話しかけてきた。
「えっ!? な、何っ?」
「何驚いてんですかい・・・・・・、腹、減ってますかって聞いたんです」
「あ、うん・・・そうだね。ちょっと空いたかな」
正直日織がいることも忘れかけてたからいやにびっくりしてしまった。窓の外を見るとはっきりと暗くなってきている。ごはんの時間か・・・と考えると、思い出したようにお腹が鳴った。
「うっ・・・・・・」
「・・・本当にちょっとですかい?」
呆れたように笑われてしまった。うう・・・日織を見ると余計にお腹がすく気がする・・・。僕の中で日織→ごはんの方程式ができあがってきているのかもしれない。
「けっこう・・・お腹すきました」
「はいはい。じゃあ何か作りましょうかね」
素直に白状すると、日織は笑いながら持っていた本を閉じ、立ち上がった。僕も読んでいた本を棚に戻して日織の後に続く。
「今日は何にします? 和さん」
「うーん・・・・・・。なんか、いつも日織とかに作ってもらってて悪いよなあ・・・」
「そんなこと気にしねえでいいですよ。だってあんた、飯作れねえでしょ」
呆れたようにそう言われると、ちょっとむっとする。そりゃ、確かに日織たちほどうまくは作れないけど、僕だって全く料理をしないわけじゃない。
「そんなむくれた顔しなさんな。・・・・・・なんなら、今日は和さん、飯の用意してくれます?」
日織は全く期待していないどころかからっかてる感全開で提案してきた。むう・・・そんな僕の返事はお見通しだけど、みたいな顔するなよな。
ちょっと悔しくなってきたぞ・・・・・・。ここで引き下がったら男じゃない! ような、気がする、うん。・・・いつも男らしくないところばっかり見せてるもんなあ、日織には特に。怖いものは怖いんだから仕方ないけど! でも、ごはん作るくらいなら怖くないし。・・・ってそういう話しじゃなくてっ。
「・・・和さん? 何百面相してんですか?」
「うぅん・・・・・・、どうしようか・・・・・・」
「はぁ、意地悪言って悪かったですよ。今日も俺が作りますから、そんなとこで唸ってないで」
「・・・よし! 今日は僕が作る!」
「そうですよ、早く台所に・・・・・・え?」
「そうと決まればなんかやる気出てきた! よーし、やるぞー!」
「え? あ、ちょっと、和さんっ? ・・・・・・参ったなぁ」
「・・・・・・それで、日織。・・・これは?」
「これはって、見ての通り飯ですけど」
いや、それはそのまんますぎるけど・・・・・・。
僕の前には炊飯釜に入った白いお米と、塩。それだけ。
「えーと、これ、・・・何作るの?」
「何って、にぎりめし以外に何が作れるんですかい」
あ、やっぱり。
「おにぎりにするんだ」
「だってあんたに包丁持たせるのどうにも不安だし、双子が残った飯くれたんでちょうどいいじゃねえですか」
「うん・・・そりゃ、ちょうどいいけどさ・・・」
どうせだからもうちょっと見栄えのいいもの作りたかったんだけど・・・なんて言っても承知してくれないだろうしなあ、きっと。
「けど? なんです?」
いいんだけど・・・・・・うん・・・。
「僕・・・・・・おにぎり作り方知らないんだよね・・・」
「・・・・・・・・・は?」
「・・・・・・あっ! ち、違うよっ? 全く作ったことないとかじゃなくてっ、その、逆にあんまり作ったことないからそんなに得意じゃないっていうか、よくわかんないっていうかっ」
珍しい生き物を見るような目で見られているのに気付いて、慌てて弁解する。しばらく呆気にとられたような顔でいたが、日織は苦笑いするとおにぎりを作る用意を始めてしまった。
「大丈夫ですよ。こんなもの、誰にでも簡単に作れますぜ。例え和さんでもね」
「それ馬鹿にしてない・・・? わかったよ・・・、僕だってちゃんと作れるよ。・・・たぶん」
日織に続いて手を洗い、タオルで手を拭きながらしゃもじでごはんをすくっている日織を見る。・・・・・・ごはんはあのくらいかあ、ふむふむ。あ、でも日織の手のひらであのくらいなら僕の手のひらなら・・・このくらいかな?
「熱っつう!!」
日織の手つきを見ながらごはんを手にのせると、ありえないくらい熱かった。思わず手を振り回すが、ごはんが手に張り付いてとれない。だからいつまでも熱い。どうすればいいんだよ!
これっ!
「和さん、早く水で冷やしてっ」
「熱いっ! あつっ・・・えっ?」
手を振りながらばたばたしていると腕をつかまれた。そのまま水道まで引っ張られてごはん粒だらけの手を蛇口の下に突き出される。日織が蛇口をひねると冷たい水が勢いよく噴き出して、僕はようやく痛いくらいの熱さから解放された。
「熱かったあ・・・・・・、ごはんってあんなに熱いの!?」
「当たり前でしょう・・・。あんた普段何食ってるんですか」
手のひらについたごはん粒を洗い流してくれている日織に聞くと、呆れたようにそう言われてしまった。いや、完璧に呆れられてる・・・・・・。
「だって、普通ごはん口に入れてもヤケドしないじゃないか」
「そりゃ口と手じゃだいぶ造りが違いますからねぇ・・・。まあ、こんな手じゃ無理ねえか」
流水にさらしたまま、指をつまんで撫でられる。僕の手と日織の手の何が違うんだろうか。僕も日織の指を掴んでみたけど、よくわからなかった。
「和さんの手は水っぽいんですよ」
み、水っぽい・・・・・・? 何だろう・・・柔らかいってことかな・・・・・・。
「えーと、・・・子供扱いしてる?」
「いやいや。そのうち俺みたいに丈夫な手になりますぜ」
うーん・・・、やっぱりそこはかとなく子供扱いされてる気がする・・・。
「・・・・・・やっぱり、和さんはやめときますかい?」
「ううん! やるよ! やるって言ったんだから。・・・・・・ちょっと冷ましてからにするけど」
「・・・はいはい」
よし、まずはこの熱すぎるごはんを冷まそう。平らな皿を出してごはんを移していると、日織は器用におにぎりをにぎっていた。・・・すごい、もう一つできちゃったよ。しかもすごく綺麗な三角形・・・あれどうやるのかなあ。
っと、僕は僕の方に集中しなきゃ。
ごはんを混ぜたり切ったりしてなんとか冷まそうとしてみる。ふと日織の方を見ると、見る度にできあがったおにぎりの数が増えている。やっぱり経験が違いすぎる・・・・・・。
何とか触っても大丈夫な温かさにしてから、やっと手のひらにのせる。日織の真似をしてにぎってみよう。それが一番間違いないだろうし。
「ん・・・・・・?」
何か・・・・・・やけに・・・ごはんが・・・手にくっつくなあ・・・。日織曰く僕の手が水っぽいから? それにしても、これじゃあ全然にぎれないよ・・・。仕方ない、手についたのは食べちゃおう。
しかし、手についたごはんを片っ端から食べているとごはん自体がなくなってしまう。だからだんだんごはんを足していくんだけど・・・なんかもう・・・・・・。
「お腹いっぱいなんだけど・・・・・・」
「・・・え? あれ、和さんも飯なくなったじゃねえですか、って、肝心のにぎりはどこです・・・・・・?」
日織の質問に答えずに無言で手についたごはんを舐めていると、何となく察したらしい。ものすごく呆れた顔をされた。
「・・・何がいけなかったんだろう」
「あの・・・・・・、まさかとは思いますが、あんた手、濡らしてます?」
「え・・・・・・・?」
濡らす? 手を? ・・・・・・なんで?
「え・・・っと、手なら洗ったけど・・・」
「そうじゃなくて・・・。すいません、完璧に俺の説明不足です」
今度は本当に申し訳なさそうな顔をされてしまった。やめてよ・・・、余計にみじめな気分になるよ・・・。
「手を濡らさなきゃ飯が手について当たり前ですよ」
「そんなあ! 日織は大人の手だからつかないんだと思ってたのに・・・」
「大人の手って・・・・・・」
しまった。馬鹿丸出しじゃないか、僕。みじめすぎる・・・・・・。
「そんな顔しなさんなって。これでもう、今度からはちゃんと作れるでしょう?」
「でも・・・・・・日織においしいごはん作ろうと思ってたのに・・・・・・」
左手の上に申し訳程度に残ったごはんのかたまりを見る。おにぎりっていうか・・・本当にただのごはんのかたまりそのものだよ。はぁ・・・手舐めながら作ったから僕のよだれだらけだし。
ふと日織の作ったおにぎりを見る。全部綺麗な三角で、できたてのほかほかでおいしそうだ。ごはん、冷ましちゃった時点でもうだめだったんだ。僕はもうお腹いっぱいだから食べられないけど、暗石さんあたりにどっちが作ったのを食べたいですか、なんて聞いたら確実に日織のだよなあ。・・・・・・那須さんなら気にしないで落ちたのでも食べてくれそうだけど。
半ば泣きそうになりながら残ったごはんのかたまりを口に放り込もうとすると、その手をつかまれた。顔を上げると日織の顔がすぐ近くに・・・って・・・・・・。
「え?」
日織の髪の毛が頬にさわる。日織の手がつかんでいる手首を気にするべきか、それとも髪の毛がくすぐったい頬か、やわらかい感触のする手のひらか・・・・・・。
「・・・・・・うまいですぜ」
呆然としていると、顔を上げて僕の手を離した日織が笑った。その口元にごはん粒が・・・・・・さっきまで、僕の手のひらについてた・・・・・・。
「ち、ちょっ、ひ、ひお、日織っ!?」
「あれ、でも塩の味しねえ・・・」
「だっ、それ、まだ塩つけてないしっ! ってそうじゃなくて!」
「え、塩って最初に手につけてからにぎるんですぜ」
「えっ!? そうなんだ・・・だからそうじゃなくてっ! そ、それ僕のよだれだらけだしっ、おいしいわけないもんっ!!」
自分でも何を言いたいのかよくわからなくなってきた。で、でも、とにかく日織が食べるものじゃないしっ!
「うまいですって」
「だからっ! 味ついてないもん! ああっ、もうっ、そうじゃないんだってばっ」
塩つけるタイミングなんてわかんないよ! それにっ、僕のよだれが・・・!
「味ありますぜ。和さん味」
「そうだよっ! 塩ついてないから僕のよだれしか・・・・・・えっ!?」
びっくりして、いやびっくりしすぎて半ば呆然として、思わず固まってしまった。日織の言葉の意味がよく理解できずにまじまじと見ていると、いたずらっぽく笑って、もう一度僕の手をとって、
「・・・やっぱりうまいですぜ、和さんの味」
指についたごはん粒を舐めた。
「それじゃ、他の人にもおすそ分けしてきますわ」
声を出すこともできない僕を置いて、あっさりと日織は自分の作ったおにぎりを持って台所を出て行ってしまった。
「・・・・・・あ・・・う・・・」
「あ、そうだ」
開けっ放しのドアを呆然と見ていると、出て行ったはずの日織がまた顔を出して、心臓が止まるかと思った。
「和さん。にぎりめし、俺以外の奴に作っちゃだめですぜ?」
そして一度笑って、今度こそ本当に台所からいなくなった。
「う・・・・・・ひ、ひお・・・・・・」
だんだんと、頭がはっきりしてきて、体が震えて、視界もくらくらして、顔が熱くなって、きっと耳も真っ赤で、もう・・・もう・・・・・・!!
ひおりの、
「日織のっ、ばかああああああああああああっ!!」
外はものすごい雨で、偶然、幸か不幸か迷い込んでしまった僕の、心の底からの悲鳴が、この雨格子の館に響き渡った・・・・・・。
|