かえり道


「えーすけくーん。暗くて怖いから、いっしょに帰ろー」
「やだよばーか! お前なんか赤いランドセルしょって女と帰れ!」

 なーんてこともあった。他愛もない子供同士の言い合いだ。暗くなるまで遊び続けるのなんて、子供時代にはよくあることだ。全くもって篤士は怖がりだった。結局奴には、ああだこうだ言いながらついてこられた気がする。なんと微笑ましい思い出なのだろうか。
 今俺の背後に田倉社長がいる。何故かはわからない。会社から出たら既にいた。黒塗りの高級車を背に、仁王立ちしていた。
 怯える同期たちをなだめ、田倉社長とは目を合わせないよう気をつけて飲み屋への道を急いだ。
 すると田倉社長が機械的な速度で歩き出し、それに随って高級車もじりじりと走り出す。一定の距離を保ちつつ、奇妙な行進は続いた。
 背後から迫る恐怖に、歩く速度も自然と上がっていく。何人かの同期を追い越して、振り向いた。
「な、なあ。今日は俺が奢っちゃってもいいかも・・・なんて・・・あれ・・・・・・?」
 ・・・・・・早川?
 一番後ろを歩いていたはずの早川の坊主頭がない。後方の薄闇に目を凝らすと社長と目が合いそうになったので、慌てて前を向いた。
 あれ・・・? 桜井・・・? 今度は先頭を歩いていた桜井の坊主頭が見えない。左右を見回し、別の同期たちを窺い見る。皆、一様に青い顔をしていた。
 こ・・・・・・怖っ!! 前を向いたり後ろを向いたりする度に、頭の数が一つずつ減っていく。皆口を閉ざしてうつむいたまま、ただ黙々と歩いていた。次は自分なのだろうか、その念が頭から離れないのだ。
 だが俺は、不思議とわかっていた。次は、俺じゃない。そして次の次も俺じゃない。わかっていた。
 それがまたたまらなく恐ろしかった。
 最終的に、傍らに神谷だけが残った。ちらりと見ると小刻みに震えている。いや・・・、これは俺の震えがそう見せているのかもしれない。各々の恐怖を胸に、やがてどちらからともなくしっかりと手を握り合った。右側に神谷のぬくもりを感じる。視界の端に坊主頭を捉えることができ、心から安心した。
 ゴールの飲み屋はもうすぐ。それまでだ。大丈夫、俺たちは今心で繋がっている。誰にも引き離すことはできないのだ。
 十字路に出た。十字路はこの世とあの世の境、なんていう一文をどこかで見たことがある。不穏な考えが頭をよぎったが、神谷はきちんと隣にいた。
 確かこの道を左に曲がるんだよな・・・・・・。

 俺は
 左側を

 向いてしまった

 俺の右手は、しっかりと誰かの手を握っている。
 だが、傍らから感じる温かさは、もう、神谷のそれではなかった。
「・・・・・・神谷?」
 ゆっくりと振り返れば、そこには、



「飲みに行こうか。えーすけくん」




 翌朝、目が覚めると自分のマンションのベッドで眠っていた。
 出社すると、昨日の同期たちも普通に仕事をしていた。俺への接し方も変わらず、おかしなところはない。皆が一様に黒い車に怯えたり、昨日は飲みすぎたな、なんて笑って話していたのもきっと、普通のことなのだ。
 そして、田倉社長は昨晩、俺の上司とどこかの料亭へ食事に行っていたと聞いた。上司は笑って、その時の様子を俺に話してくれた。

 
 笑っていなかったのは、俺だけだった。




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