隣のドイツ人




 ジェットコースター転入を果たした俺を、学長先生自ら寮まで案内してくれた。その寮ってのがこれまたでかい。教室棟にくらべれば幾分か質素ではあるが、それでも充分に立派だった。そしてやっぱり十字架がくっついている。これだけで神聖な感じがするから不思議だ・・・・・・。日本の宗教じゃお札貼ってあったりしたら不気味なのになあ。
 荷物はもう部屋に届いているらしい。今日は荷物整理で終わるだろうなあ・・・・・・。ゆっくり尻も休めたいのに、忙しくなりそうだ。
 そして何より。

 相部屋だった。

 
聞いてねぇんだぜ!? 俺「もう眠いので電気を消してください」の英語表現もわかんないんだぜ!? しかしよくそれで外国語学科に入学できたな!! ってそうじゃねーよ!
 しかも同室も外国人! 学長先生に日本人もいるんだから日本人と一緒にしてくれって頼んだら、
「同じ国の人と相部屋にするとその国同士で固まっちゃうからねぇ。いろいろな国の人と仲良くなってほしいのだよ」
だそうですよ。

 
もう逃げ場がないんだぜ!!

 わかったよ! 来いよもう!! 覚悟決めたんだぜ俺はあああああっ!!




 同室となったドイツ人は、ヘンゼル・オストワルトと名乗った。とってもメルヘンな響きなのに、当人にはメルヘンのメ≠フ字もファンシーのファ≠フ字もない。やたらと背が高くてガタイがいい。そして超がつくほどの無口。名前以外は何も喋る気配がない。あと、何故かさっきから荷物の整理をしている俺をガン見している。俺がそっちを向くとがっちり目が合うが、そらす気配も全くない・・・・・・。癖のようなもので、俺はすぐに視線をそらしてしまう。・・・・・・いや、日本人ならそれが普通だ。お前はどこかの社長か・・・・・・。目ぇ碧いし髪も金通り越して銀っぽいよ・・・・・・怖い・・・・・・。あるのはガン見してくる目≠ニ行く先不安≠フ文字だけだ・・・・・・寒。
 視線釘付けだけど話しかけてくる様子もないし、知らんぷりしてさっさとこっちを片付けてしまおう。
 日本人からするとこの二人部屋は異様に広くて、タンスも机も備え付けてある。それが左右対称に並んでいてヘンゼル側だけいろいろな物が置かれていた。見たところ綺麗好きなようだし、俺も清潔にするよう心がけよう・・・・・・。
 床に座ってダンボールをあさり、服やらなにやらをベッドの上に並べていく。あのでっかいタンスならこのくらい入るよな、なんて考えながら黙々と手を動かしていると、背後から妙な気配がした。何の気なしに振り向くと、ごっつい靴とゲートルが目に飛び込んできた。
 何コレ? なんでこんなものがこんな近くに?
 よく見るとその二個のゲートルから何かが生えている。ゆっくり顔を上げると、ほぼ真上からヘンゼルが見下ろし
近づいている!! 驚くほどの近距離から俺を見下ろしているっ!!
 な、なんなんだよ、まさに蛇に睨まれたカエル状態だよ・・・・・・! 怖いよ・・・・・・、目をそらしたら最後、丸呑みされること間違いなしだよ・・・・・・。
「おい」
 心臓がいくらか飛び出した。二、三分、いや一時間くらいの時が経過したように思えたが、全く喋る気配のなかったヘンゼルが口を開いた。
「な、なんでしょうか・・・・・・」
ってなんで丁寧語なんだ俺っ!! 落ち着くんだ、冷静になって今の状況を確認するんだ!
 よし! 冷静になって考えた結果だが
近い。近すぎる。あちらさんがでかいからかなり上を向かないと顔が見えん。最大限まで曲げた首がねじ切れそうだ・・・・・・。
「何故床に座るんだ」
「・・・・・・・・・?」
 思わず口が開いてしまう。とても日本語が上手でいらっしゃる・・・・・・じゃなくて、意味がわからんのだが・・・・・・。
「床は汚れているから座るのはよくない」
「え? ・・・・・・あ・・・・・・、・・・・・・ああっ!」
 ・・・・・・そうか! ここは日本式の建築物じゃないから靴を脱がないんだ! なんでか廊下に脱いできちゃったよ! それで汚れた床に腰を下ろしている俺が気になっていたわけだ! そうかそうかあ、うんうん、納得!

 
早く言えよ!!

「あ・・・・・・と、そ、そうだな。はは、恥ずかしい」
「・・・・・・・・・」
 もうお話ししてくれないよお! なんなんだよっ!
「あ、あれだな、癖ってのはなかなか、うん。あ、さっきも生徒会長に」
「何故日本人は靴を脱ぐんだ」
 会話が成立してなーい! 意思の疎通ができてなーい!! やけに怖いんだよこの人おおおっ!!
「えと・・・・・・靴を脱いだほうが楽だし、床も汚れないからころがって休めるし・・・・・・?」
 いきなり習慣の理由を聞かれても困る・・・・・・。日本人だから、としか言いようがない気もするけど、そんな返答したらこのごっついゲートルで踏み潰されそうだ・・・・・・。
 とっさの思いつきの答えに満足したのかしないのか、ヘンゼルは無表情で俺を見下ろしたままだ。
 膝の上で握った拳がぐっぴょりしてきた頃、いきなりヘンゼルが消えた。実際には横へ移動しただけなのだが、すっかり首が固まってしまった俺にはそちらを向くことができない。手で無理に戻すとぼきぼきっとすごい音がした。これあんまり痛くないけど首に悪いらしいし怖いな。さてヘンゼルは、

 
隣に座っている・・・・・・!! やけに俺にくっついてあぐらをかいている・・・・・・!!

 怖いよおおおおっ!! なんで隣りにはりついて座ってるんだよ! さっきから段階を追って近づいてきてるよ!! ていうかこんだけ近くで見るとまじででかいっ! 怖いっ!!
「近・・・じゃなくて怖・・・でもなくて、でか・・・・・・いや、ど、どうして座るんだ・・・・・・? 服汚れるぞ・・・・・・」
「なるほど」
 ・・・・・・え? 何に納得したんだ? まさか、ついに俺の言葉が通じ・・・・・・?
「床に座るのは楽だ」
 通じてなかったね、うん。わかっていたけれども。でも目頭が熱くなるのはどうしてだろう。
「そ、そうだよな。あ・・・・・・は、は。・・・・・・あ、く、靴も脱いだら?」
「これは何だ」
 発言力が足りなかった・・・・・・。いいんだ、気にしたら負けなんだ、ぜ・・・・・・。
 ヘンゼルの指差したものは、ベッドの上に並べてある靴下だった。ただ指先が五本に分かれているもので、夏の素足には大いに役立つ。
「手ぶくろか」
「はは、似てるけど違うぞ。これは靴下なんだ。・・・・・・ん、ドイツにもあった気がするんだが・・・・・・」
「何故先が割れている」
「え? あ、これは・・・・・・」
 ヘンゼルは目についた不思議なものを片っ端から尋ねてきた。その度にそれを手にとって適当な説明をしているので、片付けは全く進まない。相変わらずヘンゼルは笑わないが何となく意思の疎通もとれてきて、俺もだんだん楽しくなってきた。
 よくよく話せばいい奴かもしれない。さっきは俺と同じで緊張してたのかもな。たまに気付くとガン見されてるけど。
 夕食の時間になっても解放してくれなかったが、来週末一緒にカーペットを買いに行ってこの部屋を土足禁止にしようということになった。これは実に嬉しかった。
 ・・・・・・結局消灯時間になっても質問責めは終わらなかった。気になることがあると眠れないらしい・・・・・・。俺はすごく眠い・・・・・・腹も減った・・・・・・。
 
 ああ・・・・・・ドイツ人とうまくやっていけるのか・・・・・・。
 大いに不安see・・・・・・・・・cold・・・・・・
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Good luck.Thank you!