風邪をひいた。しかも馬鹿の象徴といわれる夏風邪だ。嘘だ。そして兄さんが元気だなんて。夢だ、偽りだ! このナイトメアから覚ましてくれ。
「現に風邪特有の気分の悪さがないじゃないか・・・夢だ痛たっ!!?」
突然腹部に鈍痛が走った。まるで鉛でも落とされたかのような重みだ。その重みはうぅうぅと喃語を発しながら起き上がった。
「兄さん・・・病人をさらに痛めつけて楽しいんですか」
「す、すまん! そこにあった何かにつまずいて・・・」
「そこにあったって・・・、何につまずいたんですか、あああっ! 俺の姫路城プラモデル・・・・・・! 苦手ながら資料のために長年かけて作り上げたのにっ!」
床の上には見るも無残な姫路城。少しずつ完成に近づくそれに我が子の姿を重ねたことは言うまでもない。そんな姫路城は、身の丈79メートルの巨人にやられてしまった。そして俺は正義のヒーローを呼ぶしかなかった。
「助けて・・・にいさ・・・ウルトラパンマン・・・」
「そうだ! おかゆを作ってきたんだ! 転んだがおかゆだけは死守したぞっ!」
「俺の安全よりおかゆの安全ですか・・・。あまりに優しい兄さんに涙が出ます」
さっきまではなかった気分の悪さが甦ってきた。さっきはあまりにやばすぎて感覚がなかったのかもしれん・・・。
「さあ食べろっ、それ食べろっ!」
「ぅ熱っ!! げほっ、な、なんてことを・・・ごほっ、げほ、・・・するんですかっ!!」
もう人としてありえない目の前の生き物は、こともあろうに寝ている俺の口にスプーンを突っ込んできた。思わず起き上がった俺はおかゆと呼ぶのがあまりにはばかられる物体Xの驚異的な不味さと、突然起きたことによる気持ちの悪さで吐き気がMAXに達した。
「ちょっ、どいてください・・・っ!」
体がふらふらする。支えようとしてくる兄さんを振り払って足を踏み出すと、吐き気とは関係ない痛みがプラスされた。
「あっつっ・・・!!?」
声にならない声とは、まさにこんなものを言うのだろうか。姫路城の残骸を踏み潰した足を労わりながら、それでもトイレへ向かった。
「うええ・・・・・・」
何も食べていないので出したいのに何も出ない。胃が気持ち悪いので、水を一杯だけ飲んだ。
「大丈夫かっ、初一っ?」
「・・・兄さんがいなければとりあえず大丈夫ですよ」
あんな糊を食べられるものか。俺は兄さんと違って人間なんだぞ!? そこのところを理解しているのだろうかこの人はっ。
「それじゃあ私はここにいるからな。何かあったら声をかけろ」
部屋に戻ってベッドにもぐり込むと、兄さんはそばの椅子に腰掛けた。・・・寝づらい。人のいるところで眠るのは好きではない。ましてやこの場にいるのは兄さんだ。寝首をかかれる恐れがある。
兄さんに背を向けて考え事をしていると、しばらくして俺の少し荒い息にまじって別の落ち着いた息遣いが聞こえてきた。・・・兄さんの呼吸かあ・・・寝息だよ。
・・・・・・何が「何かあったら声をかけろ」だ。病気の俺を差し置いて。・・・昔の兄さんは、俺が寝付くまで一緒に横になってくれていたものだ。今の兄さんじゃあこちらから願い下げだが。ぞっとする。
「兄さん・・・」
「にいさん・・・・・・」
「・・・ん? なんだ初一。・・・ふああ、いや、兄さんも寝てしまったようだ。ははは!」
「にいさん・・・待ってください・・・」
「どうした? 私はここにいるぞ?」
「そっちは彼岸ですよ・・・。・・・・・・いってらっしゃい」
「な、何を言っているのだ・・・?」
「何をやってるんですか・・・あんたは・・・ですか・・・」
「な、何だ? 今何と言った?」
「お、おのれ・・・兄さん・・・」
「おい大丈夫か? 初一?」
「・・・ですよ、・・・いさ・・・ん」
「・・・・・・・・・?」
「う・・・うぅ・・・、はぁ・・・朝か・・・」
少しだるいが気分はすっかり良くなっている。良かった、一日で治ったのだからきっと俺は馬鹿ではない。馬鹿ではない。言い足りない。馬鹿ではない×∞。
あれ・・・・・・兄さんはどこだ。
「げほっ、げほっ、ごほっ、は、はつかず・・・元気・・・か・・・? げほっ」
「・・・・・・なんてベタな」
|